膺懲碑(ようちょうひ)まとめ
膺懲碑(ようちょうひ)とは
膺懲碑(ようちょうひ)は、広の名田というところにある石碑で、明治17年の台風について書いてあります。
碑文は漢字ばかりで難しくて読めなかったので、広島県立文書館の方に読んでいただいたところ、
「明治17年8月25日の台風で堤防が3箇所決壊して海水に90cm(3尺)浸かって、家の壁が落ちた。
その堤防を3日で仮修復して、ものすごくがんばって3ヶ月で直した。
これで、将来の塩害や塗炭の苦しみから広を救えた」
といった内容で、がんばって堤防を修復した記念に建てられた碑のようです。
広郷土史研究会会長の小栗さんのお話では、
「台風やその後の塩害で『塗炭の苦しみ』を味わったとすると、それについては台風の直後に作られた石碑にではなく、もっと後になってからの文献に記録されるのでは(つまり、膺懲碑(ようちょうひ)にある『塗炭の苦しみ』とは、すでにあった出来事を書いたものではなく、将来についての予想である)」
とのことでした。なるほど。